田崎真也の経歴と結婚相手や娘について。ワインのプロというよりは食文化のプロという印象

田崎真也の経歴と結婚相手や娘について。ワインのプロというよりは食文化のプロという印象

世界一のソムリエとして名を馳せる田崎真也さん。ご結婚されているのは知っていたんですが、一人目の娘さんが3歳で亡くなられているということは知りませんでした。

1歳で白血病にかかり、治療費が月収を超え、借金が1000万にまで膨らんだこともあるのだとか。

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経歴・プロフィール

田崎 眞也(たさき しんや)
生年月日:1958年3月21日
出身地 :東京都渋谷区(父の仕事の都合ですぐに神奈川県相模原市へ)

有限会社サンティール代表取締役社長、有限会社インターソムリエ代表取締役社長、有限会社エルミタージュ代表取締役社長、国際ソムリエ協会会長などなど、たくさんの肩書きを持つ日本を代表するワイン界の第一人者です。

ソムリエという職業と肩書きから、高級レストランのイメージが強いですが、本人は意外と「なか卯」とか普通の居酒屋や日本酒が好きな庶民派らしいです。本人曰く「ソムリエは職業でやっているんです」とのこと。

華やかなイメージとは裏腹に、実はものすごい苦労人。

キャリアアップのために職場を転々としながら、身銭を切って高級料理店で食事をしたり、書物を読み漁ったり。フランスへ行くのも親からの援助はなく自腹で。フランス語も独学で、現地では日本料理店で働きながらワインの専門学校に通っていたそうです。

その後帰国し、80年に銀座のレストランに入社。紆余曲折を経て、現在に至ります。

セクシーなのに庶民的で気取らない一面で人気のソムリエ田崎真也さん。彼の魅力的な人柄の根底には、こうした様々な経験が生きているのでしょうね。

妻と子供

現在は、奥さんと娘の3人家族。結婚したのはフランスで働きながら勉強をしていた頃だそうです。

娘さんは6歳の時にフランスの学校へ行きたいと言い、10歳の時にインターネットから行きたい学校を探してきたんだとか。

一人娘かと思いきや、現在の娘さんは次女にあたり、長女は84年,3歳の時にに白血病で亡くなっているそうです。

帰国して銀座のレストランで働き始めた頃の出来事で、治療費で借金が膨らんだこともあり、83年には日本料理店に転職しています。次女が生まれたのはその翌年のことでした。

田崎さんの父・英時さんは当時の心境を新聞の取材に応じてに語っています。

「3カ月の命と宣告されながら3歳まで生きたのですから頑張りましたよ、孫も真也も。翌年に次女が生まれ、救われた気がしました」
引用:朝日新聞 天才の育て方「ソムリエ 田崎真也のお父さん・英時さん」

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極めるということ

田崎真也といえばワイン。ワインソムリエですから、ワインがパッと出てくるのは当然といえば当然なんですが、彼のインタビューや対談記事を読んでいると、食文化のプロという感じ。

ワインだけに拘らず、高級だからとか、庶民的だからとか、値段や国や文化も越えて「人が物を食べること」をとても素直に見つめている印象を受けます。ソムリエというのは、そういう職業なんでしょうね。

その目は食を通じて文化を見つめ、環境を見つめ、人を見つめていて、私たちは逆に田崎真也というフィルターを通して、食の世界を見ることが出来る。そうして人と人、文化が繋がっていくと考えると、文字通り世界を又にかけた人間だと尊敬します。

何かを極めるということは、決して一つの分野に精通しているだけではなくて、学んだことを通して様々なことと関わっていけるダイナモのようなものなのかもしれません。

改めて、自分自身の「食べること」に目を向けてみると、ただ空腹を満たすだけの作業になっている瞬間が結構あります。ファーストフードが氾濫している世の中ですから、同じような感覚を持つ人もいらっしゃることと思います。

ひどい時には、「ご飯を食べるのがめんどくさい」と思ってしまう時も・・・。

そんな現状を憂いて、田崎さんが食文化の大切さや環境問題について語っている記事もありました。

彼の著書にはソムリエとしての経験を生かしたワインやサービスに関するものが多いですが、彼の見ている“食”についての本がもし出たら、読んで見たいとおもいます。

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