人間が生きる術とは?タイの物乞いを見て考えた話。

人間が生きる術とは?タイの物乞いを見て考えた話。

タイの夜道を散歩していた時に一番衝撃を受けたし、考えさせられたことがありました。

画像引用:海外移住タイのススメ

初めてのタイの夜、楽しくて夢中で歩いていたんですが、日本では見られない凄まじい光景を目の当たりにしました。

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タイの物乞い

いろんな人種が歩いてる歩道に小銭の入ったカップを持ってこちらを見上げるタイ人が普通にいました。

日本でも確かに見たことがあるのですが、明らかに日本と違うのは、タイは子どもまでもが物乞いをしています。

貧困の差があるとはいえ、子どもも物乞いをしないと生活できない状態がいろんな国ではあるということを肌で感じました。

まだ3歳か4歳くらいの子どもが、車が走るすぐそばでシートの上に寝転び寝ている現実。誰しもが同情しちゃいます。

しかし、子どもたち本人はそれが当たり前になっているのか、悲しいようには見えないのです。普通に楽しそうに遊んだりしてます。

きっと普通の家庭で育った子どもが、道路のすぐ側でシートを敷いた生活を強いられたら泣いちゃうし、心が磨り減るでしょうね。

環境によって人の心が左右されることがよく理解できました。

助けてあげたい

「どうにかしてあげたい」って誰でも考えると思います。カップに小銭を入れるのは誰でもできます。

(偽善とか偽善じゃないとかの議論はどうでもいいです。)

しかし、それだけであの状況を抜け出せるとは到底思えない。1日に集まるお金も少ないだろうし。

それにタイの貧困の差は圧倒的です。高級車を乗り回す富裕層はたくさんいるが、子どもが物乞いしないと生きていけない現状もタイにはあります。

お金の前にしなければならないこと

お金を持っている人が、物乞いにたくさんお金をあげたとしても、それを元に衣食住の整った生活をすることは難しいと僕は思います。

生きるすべが、『物乞い』だけでは現状は変わらない。僕はこんな風に考えました。

ぶっちゃけ物乞いで十分幸せなら、それでいいですけどね。

ホームレスでも最高に楽しそうに生きてる人もいますし。一概に家がないからと言って不幸せと考えるのもいかがなものって感じです。

物乞いは何を売っているのか?

人に何かをあげる時は、必ずその人から何かをもらっています。

では、物乞いにお金をあげた時、何をもらっているのか??それは「優しくしてあげた」です。

「お金をあげてこの人に優しくしてあげた。」という自己満足ですね。

物乞いの親は、子どもにカップを持たせて、歩く人々の見せつけて小銭を稼がせます。それが彼らのビジネスなのです。

聞こえが悪いですが、これが現実。

社会保障は?

日本のように、しっかりとした社保証がある国であれば、タイの貧困の差はなくなりそうですよね。

しかし、保証があっても食べてはいけないために、子どもを使ってお金を稼ぐという方法をとります。

悲しい現実ですね。

僕が考えるに

大人が何も考えないで物乞いをして生きるのはなんとも思わないですが、甥っ子と同じくらいの子どもたちが物乞いをして生活する様子を見るのは、「なんとかしてあげたい」なと僕は思います。

物乞いする子ども全員が悪いというわけではなく、もっと他に生きる術が存在するし、そしてを学べる環境を肌で感じてほしいです。

学んだ上で、『物乞い』という稼ぎ方を選ぶならそれは本人の自由です。

要するに選択肢が増える環境をタイの子どもたちに用意してあげたいってことです。

しかしこれも僕の自己満足。w 自己満足で問題なしです。

最後に

タイには良いところがたくさんありますが、悪いところもあります。

光があるところに影は生まれます。

日本だって治安はいいけど、自殺する人が多いし。

どこの国でも影の部分が必ずあります。世界全体が子どもの選択肢が増える環境を用意できれば、嬉しいですね。

そして、現在、日本で子どもの物乞いがいないことに、感謝しました。(日本も戦後間もない頃は、子どもも物乞いをしていたらしいです。)

ここまで発展できた国にしてくれた先人は本当にすごいと思います。

それを教えてくれたのは、タイです。学校で教科書読むだけでは僕は実感が湧きませんでした。

僕なりに、今自分ができることをこれからも考えていこう!!

それでは失礼します。

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