サミュエル・スマイルズ著『自助論』の感想。内容と現代社会の奇妙な矛盾

サミュエル・スマイルズ著『自助論』の感想。内容と現代社会の奇妙な矛盾

読めばきっと誰もが、何度も耳が痛くなることでしょう。1859年にイギリスで刊行されたサミュエル・スマイルズの名著『自助論』。自分の人生のあり方について考え直すには、こいつが一冊あれば十分です。

素晴らしい名著であることに異論はありませんが、読み進めれば読み進めるほど、頭の中に浮かんでくる奇妙な矛盾。それは「自助論」を熟読する気概がある人には、そもそも必要ないのではないかということ。

まだまだ色んな考えがフワフワしていて、とても人様にしっかりと伝えられる程租借出来ていない現状ですが、「自助論」の感想と読み方について、それなりにまとめてみました。

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下手な自己啓発本を10冊買うよりも、まずこれ一冊

『自助論』は、ただ理想的な人生について語る本ではありません。

あの有名な「天は自ら助くる者を助く」という一文から始まる、「自分の成功の鍵は、他の誰でもない自分自身が握っている」というような話を、成功者のエピソードを添えて証明していく内容です。

成功者の体験談を基にした教訓集なので、まず説得力がすごい。そしてとてもエネルギッシュで刺激的。

やる気や自信を起こさせてくれる自己啓発の入口的な一冊として、150年以上経った今でも多くの人に愛読されています。

そんな名著にケチをつけようというワケではないのですが、ふつふつと湧き上がる奇妙な矛盾。

「自助論」に感じる矛盾と問題点

「自助論」を読んでも自助の精神は手に入らない?

「自助論」でサミュエル・スマイルズは、『自分で自分を助けようとする精神こそ、 その人間をいつまでも励まし、元気づける』と言っています。

なるほど全くその通りですが、逆に言えば元気と活力こそが自助の精神を育むという一面も確かにあると思うのです。

しかし現実は他力本願と被害妄想によってストレスと鬱に悩まされ、活力を失った暗い人生とこんにちは。そもそも自助の精神の入口に立てない人の方が圧倒的に多い。

少なくとも僕が出会った人の割合では「働きたくない!!」「仕事は楽しくない!!」と思っている……いや、言っている人が大多数です。

その点に焦点を当てると、極端な話、現代においては『この本を熟読する気概がある人にはむしろ「自助論」は必要ない』という矛盾が生じます。

自己啓発(自分自身を訓練することにより、より高い能力やより広く深い知識を得て、より良い人生を送ることを目的とするもの)は大切だということを語る本でありながら、大切だということを知るべき人には届かない。

そしてそれを知っている人には周知であるという奇妙な矛盾。

つまるところ、「自助論」を読もうと思った時点で、ある程度の自助の精神を持っているということになります。「自助論」は、型としてのベクトルを示しているに過ぎません。(そこが普遍的なので名著なんですが)

分かっていてもそうはなれない

この本を読む人は、おそらく読みながらこう言うでしょう。

「確かに」と。

心の奥底ではみんな分かっているんだと思います。そういう人生こそ輝かしいというのは分かってはいるんですが、それでも思いのままにはならないのが、あぁ人生。

それでも努力するしかない。当然です。そうすることでしか成果は得られませんから。しかし、どうすれば望む人生に向かって努力できるのかが分からない。

一度でも怠惰の沼に沈んでしまえば、そこから抜け出すのは至難の業です。そして現代では多くの人が沈んでしまっている現実があります。

「自助論」にはそれらの問題を解決する具体的な術は書かれていません。

飽くまでも“精神論”である

自助論を一通り読み終えると、心にポジティブなエネルギーが充填されます。

よしやるぞ!と。

明日から!!と。

そしてその明日は永遠にやってきません。

そこにも一つ高いハードルが。

「そんな心の弱いやつは何をしたって駄目だ」と切り捨てることは簡単ですが、その点については以下の引用文のお力添えで以って反論とさせていただきたいと思います。

彼(サミュエル・スマイルズ)にとって自助とは相互扶助と不即不離のものであった。だが今日の新訳ではそうした部分が骨抜きにされている。政治家や経営者が「自己責任」を強調したいときに都合のよい著作として自助論が召喚されているわけである。
引用:ブックラバー宣言 – 歪められた自助の精神〜『「自己啓発病」社会』

「自助論」には、成功に至る大切な心構えや必要な能力については書かれていますが、どうすればその能力や心構えが手に入るのかという具体的な方法論については「最大限の努力」という曖昧な言葉で語るに済ませています。

その点で、「自助論」は飽くまで精神論であり、知識であり、それそのものに目の前の問題を解決する力がないことは知っておくべきでしょう。そして精神論ではどうにもならないこともある、という現実も胸に留めておくべきです。

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まとめ・「自助論」の感想と読み方

感想・良い話を聞いた

「自助論」は精神論であって方法論ではないので、1ページ目から確実に実行していく……というような読み方は出来ません。

また、論理的に考えを紐解いていく哲学書のようなものでもなく、なぜ?という疑問には成功者の体験や言葉を引用してくるという方法で説得力を持たせています。なので、後に残った感想としては「勉強になった」というよりも「良い話を聞いた」という感覚。

その点では偉人の名言集に近いかもしれません。今の僕にとって「自助論」はそんな本でした。

しかし「自助論」は、ただの名言集として本棚に戻してしまうにはあまりに勿体ない。それほどポジティブでエネルギッシュな影響力に溢れています。

読めばきっと誰もが身を正そうと思うことでしょう。僕自身もやはり勤勉で、正直で、感謝を忘れない人でありたいと思いました。こうしたポジティブな影響を受けられる点が、今日でも名著として読まれ続けている理由の一つなのだと思います。

そういう意味で、本書が持つ役割としては宗教で言うところの「聖書」に似ています。「個人主義の聖書」と言っても良いかもしれません。

読み方・聖書の様に傍らに

宗教家が聖書を片手に自身を律するのと同じように、近代の個人主義・資本主義の競争社会を生きる人は「自助論」を片手に自戒の精神を養ってきました。

そう考えると、「自助論」は繰り返し習慣的に読みつづけることでこそ、その力を最大限に発揮するように思えます。

ポジティブな影響は、自分の日頃の考え方を少しずつポジティブなものにしてくれます。さながら筋トレをすれば少しずつ筋肉がついていく様に。

一日一節でも、何度でも続けて習慣的に読み続けることで、初めて「自助論」という本を活用できたことになるのではないでしょうか。

「自助論」=「聖書」という考えが浮かんできて、先に取り上げた矛盾にもある程度納得がいきました。一般にキリスト教の信者でなければ、聖書の価値は分からないでしょうし、聖書を手に取って熟読しようとは思いません。

聖書には、キリスト教徒を助ける力はあっても信者でない人を勧誘する力はない。「自助論」と現代人の間には、それと同じような現象が起こっているのかもしれません。

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