尾崎裕哉と母・繁美さんの著書について。金のなる木と父と息子。

尾崎裕哉と母・繁美さんの著書について。金のなる木と父と息子。

尾崎豊の息子、尾崎裕也がオリジナル曲のみで初ライブを行い、ライブハウスを上限いっぱいの250人で満員にしたというニュースがありました。

母の繁美さんが出した著書は「金のなる木の暴露本」なんて呼ばれて批判されたりもしましたが、尾崎裕哉はその辺のことをどう考えているんでしょう。父と比較されるプレッシャー、父のネームバリューに乗っかる現実、そんなようなことを考えてみました。

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プロフィール

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息子・尾崎裕哉(おざき ひろや)のプロフィール
生年月日:1989年7月24日
出身地:東京都

慶応大学環境情報学部を経て、同大大学院に進学。環境や社会問題を、音楽で解決する方法を研究していく予定。

また、インターFMでラジオ番組を持っており、番組サイトのプロフィールによると将来の夢は「ソーシャルアントレプレナー(社会的起業家)」

「人種・貧困・環境などの社会問題を音楽という手段によって解決しようという志を持っている」と書かれていました。尾崎豊の息子にしては、なんというか・・・高尚な思想の持ち主です。

母・繁美さん

尾崎豊の奥さんで、尾崎裕哉の母は繁美さん。尾崎豊が他界した後、息子と二人で渡米、以来アメリカで生活していたそう。

尾崎豊とは出会いは、尾崎が20歳、繁美さんが18歳の時。NYに経つ壮行会の席でのことでした。

当時は10人近くの女性と付き合っていたという尾崎豊。そんな男が一目惚れしたのが繁美さんだったそうです。

しかし繁美さんと尾崎豊の関係は、彼の絶大な人気と壮絶な死によって、暗い影を落としているように思えます。それこそ一部では、「尾崎は繁美が殺した」と噂されるほど。

当時の尾崎の死の真相については、下記のサイトの記事がいい感じに後ろ暗くて面白いです。ちょっとエグい写真もあるので、苦手な人は遠慮してください。

というわけで、少しだけまとめの部分を引用させていただきます。

ただ繁美は、尾崎は自分を愛していたということを証明しなければ、尾崎ファンの「繁美が尾崎を殺した」という疑念は永久にはれることはないと恐れたのだと思う。息子の芸能活動にも影響が出ることもあるし。あるという証拠もない尾崎の遺書を加賀に書かせたことで、かえって繁美は墓穴を掘ったと思う。
引用:週刊金曜日「尾崎豊 死の真相を考える」

繁美さんは尾崎豊にまつわる本も出版していて、タイトル通り尾崎豊との生活を客観的にを綴っています。

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金のなる木の暴露本と尾崎裕哉

そんなこんなで、繁美さんは尾崎豊のファンからはあまり評判が良くないようです。この本についても「金のなる木の暴露本」という見方が弱くはありません。

しかし、繁美さんがどういうつもりにせよ、尾崎豊を「カネのなる木」たらしめているのは他ならぬファンの存在ですので、同じ穴のムジナ感がすごいですけれども。

その点では、息子である尾崎裕哉の活動も同じ見方が出来てしまうので難しいところですね。裕哉さん本人の中でも、偉大な父を持った男の苦悩というか、そういう類の葛藤はあったのではないかと思います。

彼が何をどうしたって、世間に求められるのは「尾崎豊の息子」です。そこにコンプレックスがなかったかと考えると、全くなかったとは言い切れないでしょう。

それで大学時代は音楽以外の道も模索していたのかなーと勝手に想像してみたり。とはいえ、こうしてライブをやるようになった今は、もうある程度は決着がついているようです。

以前、2012年に金スマに出演して親父の歌「15の夜」を披露した時のコメントを掲載しておきます。

今やっと父親がなくなったという現実というか、状況を受け入れられるぐらい大人にやっとなれたっていう感じで。だからこそ、自分の父親を今探していて。

彼の意思っていうのは、彼の曲の中だとか彼の本の中だとかに散りばめられているので、それを集めて自分のものにして、その尾崎豊を、父親への思いを未来に繋げていけたらなと思っています。

それから、父と比較されるプレッシャーについては、「でも、そうじゃなきゃ、こうして(お客さんも、取材も)来てくれないでしょ」と、割とあっさりと答えていました。

僕はというと、格別に尾崎豊のファンというわけではありませんが、こういう割り切った性格が気に入って割と素直に応援しています。圧倒的な親父をもった男の一からのストーリーとして、彼の存在を楽しもうと思っています。

今はまだ、世間にとっては亡き尾崎豊のイコンとしての存在でしかありませんが、デビューはこれから。尾崎豊の息子は世界にどんなメッセージを残していくのか楽しみです。

親父と同じ道を

“父親と同じ道を歩み始めた”とか“魂を受け継いだ!”とか、そんな風に紹介しているメディアもありますが、僕にはそういう風には思えませんでした。というのも、「尾崎豊」と「尾崎裕哉」では音楽というくくりでは同じ道を歩んでいるように見えて、ベクトルが全く違います。

尾崎裕哉は将来の夢を「ソーシャルアントレプレナー(社会的起業家)」としており「人種・貧困・環境などの社会問題を音楽という手段によって解決しようという志を持っている」と語っています。

盗んだバイクで走り出す奴が、そんな高尚な思想を持っているとはとても思えません。

僕は「尾崎豊」にはもっと内面的というか、泥臭い自分の心の中に真剣に沈んでいくような、そんなイメージを持っています。

自由になりたいと漠然と語り歌う「尾崎豊」と、社会問題を音楽に結び付けて解決したいと語る「尾崎裕哉」では、辿る道も音楽の扱い方も全く違ってくるだろうなーと思いながら、尾崎裕哉の満員ニュースを眺めていました。

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