自主性・主体性がある人と欠ける人のたった1つの根本的な違い

自主性・主体性がある人と欠ける人のたった1つの根本的な違い

いつも人の意見に流されて、自分で何も決められない。何かを引き受けても、何からやれば良いか分からない。

自主性や主体性はただの精神論と思われがちですが、ちゃんと人の心のメカニズムに則って考えれば、その正体が明確に分かるものです。

今回は、自主性とは何か、主体性とは何かということを紐解いていきます。

少し長いですが、今まであまり考えたことがない人とっては、きっと刺激的な内容になっていると思いますので、最後までお付き合い頂ければと思います。

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自主性と主体性の違いについて

「主体性」は、何をやるかは決まっていない状況で自分で考えて、判断し行動することです。

「自主性」とは単純に「やるべきこと」は明確で、その行動を率先して人に言われないで自らやることです。

引用:習慣化コンサルタントの続ける習慣ブログ – 自主性と主体性の違い

言葉の意味を明確に分けるとこんな感じです。でもここでは敢えて分けて考える必要はありません。

主体性を高めると、自主性は自然とついてきます。自主性は主体性の一部だと考えても良いでしょう。

なぜ主体性が必要か

やるべきことを自分で決め、自分で考えて、行動する。

ここを訪れてくれた人は、そうなれるようになりたいと考え、なぜ必要なのかを改めて考える必要はないかもしれません。

しかし、僕が思うに、主体性は一般的に思われている以上に、人生を生きる上で非常に重要な力です。ここでは主体性の大切さを改めて認識していただければと思います。

まずは主体性がある人とない人を比べてみましょう。こういう場合は、すこし極端に考えてみると物事の本質が見えてきたりします。

極端に主体性がない人は獣と同じ

まず、やるべきことが何かが分かりません。多くの場面で、自分は何をするべきかを決められないので、人の言いなり、本能と感情の赴くままです。

やるべきことが示されても、自分で考えることが出来ないので、どうすればいいのかが分かりません。「自分で考えて方法を探る」ということが出来ないので、誰かに教えてもらうまで何も分からず、佇むのみです。

そして方法が分かっても、行動が出来ません。「行動」は、一般的に思われているよりも遥かに難しいことです。やるべきことが分かっていても行動できずに、なんとなく明日に回してしまう、なんて経験をしたことがある人は少なくないはずです。

主体性がない人は、普通は社会のレールに乗っかります。一昔前は、「良い大学行って、良い企業に就職する」がひとつのレールでしたが、主体性がないので、具体的にどうすればそれが叶うのかもわかりません。

そして、そのレールの存在はもう昔のことになっています。

主体性がない人は、自分の意見を言えません。沸いてくる気持ちはあっても、伝える方法を知りません。そういう方法を学ぼうともしませんから、方法があることすら知りません。

人間には「言葉」という偉大なツールがありますが、「言葉」で気持ちが伝えられていると思っているとしたなら、それは傲りというものです。

以上のことから、もし仮に主体性が0という人がいるとしたら、それはもはや人とは言えないでしょう。獣と同じです。

主体性がある人だけが成長し続ける

主体性がある人は、やるべきことを明確にして、自分で考え、行動します。

その過程では、決断力、判断力、想像力、行動力など、あらゆる能力が試されます。はっきり言って楽ではないです。

それでも彼らは、何かをより良くするために自分で考えて行動します。行動は成功するかもしれません。それでも多くの場合は失敗に終わるでしょう。

その経験は、「やるべきことを明確にして、自分で考え、行動する」という次のサイクルに大いに役立ちます。

その過程では、決断力、判断力、想像力、行動力など、あらゆる能力が育まれます。そうして、彼らはいつか目的を達成し、次のステージに向かいます。

高い主体性を持つ人は、このサイクルを繰り返して、自分自身の能力を養っていきます。主体性を持つ人だけが、こうして成長し続けます。

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二者の根本的な違い

こうして極端に考えてみると、主体性がない、つまり0の人は存在しないということになります。

主体性がないように見える人は、その実、彼らの目的を達成するために「人に寄りかかる」ということを無意識で実行しているに過ぎません。この場合は、「主体性に欠ける」という表現が適切でしょう。

主体性に欠ける人は、自分の意見が言えず、自分で考えて行動できずに、流されるままに時間を浪費していき、まるで主体性そのものがないかのように見えてしまいます。

では、主体性に欠ける人と主体性がある人の根本的な違いは一体何か。

それは行動が、意志によるものか否かという点です。これこそが、二者を隔てる大きな壁となっています。

主体性がある人は意志の力で行動する -意志とは何か-

そうなると問題にするべきことは、「意志とは何か」ということですね。一般的に「意志」はかなり漠然と捉えられており、はっきり「意志とは○○である」と答えられる人は少ないと思います。

「意志」は、その性質から「理性」と同じものと考えられがちですが、実は全く違うものです。

「理性」の機能は善悪の判断を下すのみで、感情や本能を制御する力がありません。

「意志」は、目的に向かうための純粋な心の推進力です。

「理性」によって行動した場合

ボランティアは良いことだけど一文にもならないし面倒くさい、でもやらないと怒られるから(やっていると良い人と思われる)からやっている。

というような事が起こります。

「意志」によって行動すると

このボランティアによって助かる人がたくさんいる。自分はその人たちを助けたいからやっている。

ということになります。同じ行動をしているように見えて、中身は随分と違っていますね。どちらが主体性を発揮し、より成長できるかは言うまでもありません。

「意志」については、あまり掘り下げるとかなり長くなってしまうので、別の機会に。

最後に付け加えると、「意志」から起こる行動は絶対にネガティブな方向へは向かいません。なぜかというと、「意志」とはそもそもそういう機能を持ったものだからです。

もし「よし!今日から道端にゴミを捨てるぞー☆彡」とか、「僕は将来、人のお荷物になる仕事に就きたいです!キリッ」という人を見たことがある人がいれば、考え直す必要があるかもしれませんが……。

ネガティブな行動や言動の動機は常に「感情」、あるいは「本能」から起こります。

主体性に欠ける人は感情と本能で行動する

主体性に欠ける人は、こう言います。

  • 「失敗が怖い」
  • 「嫌われるのが怖い」
  • 「間違えるのが怖い」
  • 「仕方がない」
  • 「~してくれない」
  • 「~だから私がこうなった」
  • 「面倒くさい」
  • 「楽をしたい」
  • 「~って言われたから」

主体性に欠ける人は、その時の感情や本能に流されて行動します。

感情と本能による行動の目的意識は「満たされるかどうか」ですので、行動が失敗した場合、つまり満たされなかった結果を他人のせいに、社会のせいに、環境のせいにして置き去りにしてしまう傾向があります。

そうすると、主体性を養うためのサイクルが起こりません。

同じ失敗を何度も繰り返すうちにどんどん消極的で厭世的になり、やるべきことを考える最初の一歩の動機すらも、他人に寄りかかってしまうことになります。

例えば誰か「主体性を持って仕事をしろ」と言われたとして、自分で考えて、判断し行動した結果、何か問題が起こったとします。

独断専行なんて言われて咎められ、その時に「主体性を持てと言われたから……」なんて言い訳をしていたのでは、「主体性を持って仕事をしている」とは言えないでしょう。

まとめ

今回は、なんとなく漠然と捉えていた「主体性」について、掘り下げて考えてきました。主体性とは「自らの意志で行動する性質」のことを言います。

例えばあなたが高い主体性を持っていたとしても、いえ、持っている方がきっと多くの失敗を繰り返すでしょう。でも気にすることはありません。それを笑うのはいつも、主体性に欠ける人たちです。

「意志」は「誇り」です。

負の感情と理性の葛藤に渦巻く心を穏やかに落ち着けて、雲の切れ間の太陽の光のように差し込む「自分の意志」を見つけるところからがスタートです。

多くの成功者が好んで瞑想をしているのはこの為です。

まずは一日の中に「何も考えない時間」を作ってみてください。体と同じように、心にも休まる時は必要なのです。不安と恐怖の混沌の底には、必ずあなたの意志が眠っています。

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疑問、質問、反論、感想などございましたらお気軽にどうぞ!

  • Comments ( 6 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. By keiko♪

    はじめまして
    早速ですが…
    よく分かりました!! 納得です!!
    思えば 私自身は 意志の塊で 主体性のない人に出会うと イライラが募って居たのですが 理由が掴めず更にイライラを増幅させていました
    今回の記事のおかげで 無駄なイライラを解消出来そうです
    と同時に 何より心強く思ったのは最後の一言 “意志は誇り”です
    みんながみんな 強い主体性を持っているワケではないのですね…

  2. By チョウゲンボウ

    理性と意志を別のものに分けてあるのですが、その根拠は何なん出すか?
    肝心なところの論証があまあまだと思うのですが。

  3. By マコパツ

    主体性について色々読みましたが、一番わかりやすく説明してあり、読み進めやすかったです。
    一度ページをとじましたが、また読みたくなりもどってきましたのでコメント残しておきます。
    自分がいかに主体性に欠けているか、意識しないと気づきませんでした。
    主体性、意思を持つことは意識しないと周りに流されてしまいますね。
    流された方が楽だからですね。
    人の指示通りにすれば責任問われないから。
    感情と本能だけで生きるとネガティブな方へ行く、印象的です。しかもよくわかります。気をつけたいと思いました。
    自分自身で考え行動する癖は、子供のうちにつけさせるべきですね。具体的にはどこのポイントを気をつけるべきでしょう、私の課題です。
    生きていく中で非常に大事なスキルですが、学校ではなかなか教えてくれないような気がします。
    残りの人生、主体性を持って生きていきマ!
    感情と本能だけで生きることだけは獣化するから避けマ!

    • By 匿名

      読んでそれが解らない・・・。
      「根拠は何なん出(笑)すか?」と質問してくる・・・。

      少なからず主体性の無いお方だと察しがつきますね。

  4. By 三次たま

     はじめまして
     
     マコパツさんと一部同文ですが、主体性という言葉についての解説は丁寧でした。
     
     違うかもわかりませんが、恐らく「自主性・主体性」をテーマにしたブログというのは 日頃からそれらに自信を持てない人が多く閲覧しようとするのではないかと思います。

     『例えばあなたが高い主体性を持っていたとしても、いえ、持っている方がきっと多くの失敗を繰り返すでしょう。でも気にすることはありません。それを笑うのはいつも、主体性に欠ける人たちです。』

     しかし上記の文章等からは主体性を持たない人種に対する見下しのようなニュアンスを受け取る事ができます。

     そもそも当ブログのテーマはあくまで自己啓発ではないのでしょうが、それを目的とした読者に対して不快感、劣等感のみを与えてしまう可能性を考えると、幾らか不適切な表現があると思いました。

  5. By 三次たま

    要約すると、見下して悦に浸ってるだけで解決策提示してないからイライラした

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