「アメリカ移民を見える可した動画」を歴史を重ねて見てみた

「アメリカ移民を見える可した動画」を歴史を重ねて見てみた

ちょっと面白い動画を見つけたので、紹介します。「アメリカへの移民を見える可した動画」

ただ紹介するだけじゃつまらないので、動画を見ながらその時代に何があったのかを年代別に簡単に解説しました。

動画を別窓で開いて見ながら読めば、アメリカの移民の歴史が手に取るようにわかるはずです。多分。

スマホの人は・・・えっと・・・ごめんなさい・・・。

単一民族の日本人には、本当に移民問題がピンときません。それでもトランプ氏の大統領選で世界的にもよく話題にのぼるので、知っておいて損はないはず。

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アメリカの移民の歴史がよく分かる「見える可」

1820~1840年

この時期の移民はアイルランド系のプロテスタントがメインで、開拓目的ではなく信仰の自由を求めて辺境の地に住み着く人々が多かったようです。

1803年の※ルイジアナ買収、1812年の※米英戦争の直後ですから、まだまだ建国されて間もない時代。

当時のアメリカはまだ先住民たちとバチバチにやりあってましたが、その戦いに決着がついたのもこの年代です。

※ルイジアナ買収:フランスのナポレオンがイギリスとの戦争に備えた財政の回復のためにアメリカに持っていた土地を莫大な金額で売った
※米英戦争:イギリスの後ろ盾を得たインディアンvsアメリカの戦争

1840~1860年

じゃがいも飢饉でアイルランド系の移民がピークに達した時代です。当時の移民の半分はアイルランド系だったと言われています。

この時期に移民してきたアイルランド人はカトリックを信仰する人が多く、アメリカ国内でプロテスタントvsカトリックの構図を作ることになりました。

しかも当時のアイルランドはイギリスの植民地。さらにイギリスはカトリックをかなり激しく迫害していましたのもあって、イギリスをルーツとするアメリカ人からめちゃくちゃな差別を受けていたようです。

1850年代から中国からポツポツ来てますが、これは中国がイギリスにアヘン戦争で負けて開国させられ、中国人労働者が契約労働者として連れてこられています。“契約”と言いつつ実質的には奴隷。

プロテスタントとカトリックの違い

さて、ここでプロテスタントとカトリックの違いを簡単に説明します。

成り立ちとかを話し出すと長くなってしまうので、本当に簡単に投げやりにざっくり言うと、どういう順番で権威を置いているか、というとこに違いがあります。

  • カトリック   神>教会>聖書>信者
  • プロテスタント 神>聖書>教会(信者)

これだけ見ると、そんなくだらない違いで対立してるのかと思われるかもしれません。

ですが、教会が絶大な権力を持っていた時代を考えると「法律が先か国会が先か」みたいな話で、それはもうのっぴきならない事情だったわけです。

1860~1880年

ここでずっと2位につけていたドイツ系移民がトップに躍り出ます。

アメリカのドイツ系移民は当時の支配国であった神聖ローマ帝国やドイツ帝国が失政を繰り返し、職を失った人々。ダメな政府に見切りをつけて自由の国アメリカでなんとか生計を立てようとやってくる人たちでした。

宗教はユダヤ教やプロテスタント。

1880~1900年

東欧諸国やロシアがメイン。

東欧ではユダヤ人迫害の風潮が強まり、多くのユダヤ人がアメリカへ移民してきました。それまでもユダヤ系の民族は来てはいたんですが、この時期になって急増します。

リベラルで左派な思想を持つこのユダヤ人たちはその後、政治の舞台で活躍するようになっていきす。

この頃から、長靴が急激に白い光りを放ち始めます。イタリア系移民です。移民の中心となったのは長靴のさきっちょの方、元※両シチリア王国の人々。

※サルデーニャ王国による格差統治で冷遇され続けてきたため、アメリカいって一旗揚げようという人が急増しました。

既に多くの移民者が暮しているアメリカでは、イタリアの人々は「後発移民集団」としてアメリカ社会の底辺に置かれます。そうして移民後も厳しい生活を強いられたため、同じイタリア出身者同市で泥水を啜りながらお互いを助け合いながら生きていたようです。

それでも動物は追い詰めすぎると牙を剥くものですから、その協力関係がアメリカにおけるマフィアの発達の契機となったと言われています。

この流れはイタリアが第一次世界大戦の戦勝国となって欧州列強の一員となるまで続きます。

※両シチリア王国:統一運動ではサルデーニャ王国に土地を献上する形となってしまった
※サルデーニャ王国:統一運動で中心的な役割を果たし、イタリア王国の母体となった

1900~1920年

1900にさしかかると、日本から移民する人も少しずつ現れ始めます。開国後、幕府を倒した後の明治政府がようやく安定してきた頃ですね。

1910年代には第一次世界大戦勃発。

3位にカナダがランクインしてきたのは、相対的に他の国からの移民が減っているんだと思われます。アメリカとカナダの間には、常に人の出入りがあるようです。

それでも、アメリカに仕事を求めてやってくる人は後を絶ちませんでした。あの有名なタイタニック号も、この時代の船。

1920~1940年

アメリカでは「狂騒の20年代」と呼ばれる変化の時代。大衆文化が大いに盛り上がり、それまでの伝統的な生活様式が現代らしい感じになっていったのがこの年代。

この年代から全体的に色が薄くなっていきますね。

1924年の移民法によって移民を制限することが決められ、ここで一度アメリカの移民の歴史は終わりました。

この1世紀でアメリカに移民してきた人の数は6000万人にのぼると言われています。1世紀で、今の日本の人口の半分以上が増えるって考えたらすごいですね。

1940~1960年

第二次世界大戦の時代。敵対国であるドイツからの移民が1位になったのは、ヒトラーがやらかしたからです。

強制収容所行きを免れたユダヤ系ドイツ人が大量に移民してきています。

意外なことに、アメリカの国勢調査ではドイツ系を祖先に持つ国民が一番多いそうです。続いて、アイルランド系、イングランド系。

1960~1980年

第二次世界大戦後、黒人差別の問題の目が向くと、「人種なんか関係ない!みんな平等じゃないか!」という考えが市民権を持つようになります。

そんな運動が各地で巻き起こる中、「移民禁止もこれ実は差別なんじゃない?」という話がもちあがり、移民法の制限が撤廃されました。

その結果、メキシコやキューバーなどの中南米から、フィリピンなどのアジア各国から、大量の移民が押し寄せて来ました。いわゆるヒスパニック系とアジア系。

1980~2016

以来、増える増える移民の人たち。そしてここにきて問題になっているのが不法移民の存在です。特にメキシコ。そもそも入れるかどうか分かんないし、陸続きだし、面倒くさいし国境越えちまえ、と。

不法移民が実際にどんな問題を引き起こすのかについては、次のトピックが分かりやすく解説しています。

アメリカ社会の深刻な不法移民問題

そんやOther AsiaやMexicoなどに紛れて、さりげな~く流れてきている中東の赤い点が怖いですね・・・。

まとめ

というわけで、アメリカの移民の歴史を動画と一緒に見てきましたが、ここまでくるともうどこまでを移民と言っていいのか分からなくなってきます。

ずーっと単一民族で暮らしてきた日本人にとっては移民問題はどうしても馴染みのない話なので、こうして勉強しても感覚的に落とし込むのは難しいですね。

日本ではこの頃、お隣の国との国民性の違いや考え方の違いによる摩擦が絶えません。その辺りに単一民族のデメリットというか未熟さというか、出ているような気がします。

日本では「常識が通じない」という言葉が“頭のおかしい人”的なニュアンスを含んで使われることもありますが、こうしたアメリカのような多民族国家ではそもそも日本で言われている様な“常識”が存在するのかどうか。

アメリカにおける「平等」とは、日本で言うそれよりも遥かに複雑で難しい意味合いを含んでいるのかもしれませんね。

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