今井絵理子氏の決意表明演説の内容を要約して当選した理由を考える

今井絵理子氏の決意表明演説の内容を要約して当選した理由を考える

元SPEEDの今井絵理子さんが当選確定。色々と物議を醸しているようですが、個人的には嬉しく思っています。

障がいを持つ人を身近に知っているのもあって、他人事とは思えませんでした。そこで今回は演説の内容を要約し、自分なりに噛み砕いて当選した理由を考えてみました。

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演説の内容

「私には一人息子、今11歳、小学校6年生になる子供がいます。

 その子は、生後3日目のときに、耳が聞こえないという聴覚障害を持って生まれてきました。」

この第一声から始まる今井絵理子の決意表明演説は、障害を持った子共、親に恵まれなかった子共、そういった境遇に関わる人たち、そんな人たちが生きやすい社会に変えていきたいという内容が語られ、「私に一票を託してください」という言葉で締めくくられました。

他にもたくさんの演説を聞きましたが、内容は大体一緒でした。

特に僕の心を打ったのは、「子供の瞳には私の笑顔を見せ続けていきたい」「私の家には障がい者はいない」という話。

子供の瞳には私の笑顔を見せ続けていきたい

僕は常々、出会う人にはなるべく笑顔を見せていたいということを考えます。

考えているから実行できるかというとまた別の話で、嫌なことがあれば塞ぎ込むし、イライラもするし、なかなか難しいことです。

そんなふうに愛を伝えられて育った子供は、心の充足を得て、自由に才能の芽を伸ばしていくだろうと思うと、あまり家庭環境が良くなかった僕としては、今井絵理子さんの一人息子が羨ましかったりする気持ちもあります。例え耳が聞こえなかったとしてもです。

そう思うのは、あるいは身近に障がいを持った子供がいた経験があるかもしれません。

彼女は続けてこう言います。

「私の家には障がい者はいません。」

しかし、社会は違います。彼女はおそらく何か具体的なものを指して「一歩社会に出れば、様々な弊害がある」という言葉を使っていましたが、僕が言う「社会は違う」の意味は、ハンデを持った人に愛を持って接することが出来る人は少ない、という意味での「違う」です。

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障がいと個性

僕の姪は、「3歳まで生きられるかどうか」という程の、かなり重篤な障害を持って生まれてきました。

歩くことも、しゃべることも、起き上がることも出来ないまま亡くなってしまいました。その時の叔母の言葉を、僕は忘れることが出来ません。

「この子は障がいを持って生まれてきたけど、この子のおかげで私は色んな人やものに優しく接することが出来るようになった。周りからは大変でしょうと言われたけれど、私たちは大変だと思ったことはなかった。幸せだった。」

彼女の家にも「障がい者」はいませんでした。

しかし、社会は違いました。

具体的な話は出しませんが、姪のことを良く知らず「障がい者」としてのフィルターしか持たない人に、随分と辛い思いをさせられていました。叔母は笑って話していましたが、その時の彼女の気持ちを思うとやりきれない気持ちが沸いてきます。

でも立場が違えばきっと僕もひどいことを言ったり、したりしていたかもしれません。

この社会に「障がい者」は確かにいます。

「障がいは個性だ」といくら耳障りの良いことを言っても、それを感覚的に、概念的に浸透させることは本当に難しいことだと思います。

今井絵理子が当選した理由

この問題は、社会全体の倫理観や道徳観ではなく、「障がい者」と呼ばれる人たちが圧倒的少数という点にあります。

例えば、アマゾンの奥地の部族がいきなり日本に来て社会生活を営むのは難しいですよね。極端な話ですが、それと同じことが「障がい者」と社会の間で起こっています。

障がいを持つ人が暮らしにくさを感じるのは、社会を作る人たちが障がいのことを知らなさすぎる。そしてそれは誰が悪いわけでもない、仕方のないことです。

その上「健常者」と「障がい者」に隔てなければ双方にとって生きにくくなってしまうという現実も、この問題をさらに複雑なものにしています。

いくらバリアフリーが叫ばれていても、社会のシステムそのものを障がい者にアジャストして隔たりをなくすには莫大なコストがかかります。コストをかけるには、それらを補てんする経済効果がセットでなければならいというのが経済主義のルールです。

しかし、障がい者は「私たちはここにいる」と叫び続けるしかありません。

今井絵理子さんの演説は、それらの声を集めて、ひとつにして、前向きな形で社会に伝えました。それこそが今回の当選を決めた一番大きな理由だと思います。

元SPEEDというネームバリューや持前のビジュアルに助けられたのは事実です。それらの求心力を利用してでも「社会から障がい者をいなくしたい」という小さな声を、前向きな笑顔で代弁した仕事は素晴らしいと思います。

具体的な政策や方法論についてはまだまだこれからでしょうし、元娯楽畑という立場から批判や軽口に曝されることも多いと思います。でも、大きな変化はいつも誰かの小さな意志から始まります。

僕は「一票」の意味では支持者ではありませんが、“障がい者がいない家庭”を身近に知る者として、政治という手段を手にしたこの声の行く先を見守っていこうと思っています。

いつしか社会に障がい者がいなくなる日を信じて。

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