ヤクルトの七條祐樹選手がチリガミ王子と呼ばれている理由と戦力外通告のその後

ヤクルトの七條祐樹選手がチリガミ王子と呼ばれている理由と戦力外通告のその後

燕のバカボン、チリガミ王子の愛称で親しまれてきた七條祐樹が、この度ヤクルトから戦力外通告を受けたことがニュースになっていました。七條祐樹選手はチリガミ王子というニックネームで呼ばれていたらしいです。

ニュースサイトによると、他に江村将也投手(28)、大場達也投手(26)、金伏ウーゴ投手(26)、川崎成晃外野手(29)、育成の中根佑二投手(26)も戦力外通告となる見込みなんだとか。

今回は七條祐樹選手のニックネームの由来と、どんな選手なのかということについて調べてみました。

Sponsored Link


プロフィール・経歴

七条祐樹
七條祐樹(しちじょう ゆうき)
生年月日:1984年7月10日
出身地:宮崎県東臼杵郡北浦町(現:延岡市)
ポジション:投手
プロ通算年:5年目 出身地 宮崎
身長:180cm
体重:85kg
血液型:A型
年俸:1,600万円(推定)
ドラフト:2位

アマ時代

高校在籍時からプロの球団が目をつけていたそうですが、高校卒業後は日産自動車九州に入社。

アマチュア選手として成長を続け、2006年にはJR九州の補強選手として第77回都市対抗野球に出場しました。しかし、そこでの登板の機会はなかったそうです。アマ日本代表にも選出されましたが、同年にひじを故障して登板機会は激減。なかなか光の当たらない選手でした。

2010年に怪我を回復させ復活。第81回都市対抗野球出場ではエースとして活躍し、チームを大会初勝利に導きます。同年、東京ヤクルトスワローズからドラフト2位指名を受けプロ入りします。

私は高校、大学を卒業したらすぐにプロ入りする以外の選択肢を知りませんでした。こうしてアマチュアで実力を磨きながらチャンスを待つというやり方もあるんですね。

スレずに野球と、自分の実力と真摯に向き合って頑張ってきたからこその結果だと思います。いや、あっぱれ!

プロ時代

プロ入りしてからは、即戦力として期待がかかりました。しかし、開幕一軍入り濃厚と思われた2011年、右肩を故障し、二軍スタート。ここでも怪我に悩まされます。

そんな中、6月28日の対巨人戦で7回を1失点に無四球に抑えるという大金星をあげ、(新人で対巨人戦に初登板初勝利は、チーム史上初の記録)、8月10日の広島東洋カープ戦まで先発初登板からの4連勝を飾りました。

その後、2014年に至るまで二軍と一軍を行ったりきたりしながらも、思うように結果が出せなかった七條祐樹選手。

しかし、2014年9月5日の巨人戦で怪我人が出たことでチャンスが転がり込んできます。そこでプロ初完投勝利を挙げ、人生初のヒーローインタビューをうけることに。インタビューは号泣で受け答えが出来ないほどで、多くの人の感動を誘いました。

2014年の契約更新では100万ダウンの1600万円だったそうですが、本来の査定では1550万円の予定だった額を、『感動手当』と『出産手当』として50万円の増額を受けたというエピソードは、初勝利の栄光と併せて大きく報じられました。

出産手当というのは、ちょうど第三子の誕生の時期だったことからだそうです。奥さんの千春さん(30)と直輝君(3)とみな実ちゃん(1)のお子さん二人は、出産のために実家の別府に帰省していて、その間、七條選手はずっと一人暮らしだったんですね。

当時は奥さんからの電話で、まだ見ぬ息子の鳴き声を夜な夜な聞かせてもらっていたんだとか。本当に家族が大好きなんですねー。

なかなか思うように結果が出せずにいた辛い時期も「子供の寝顔を見ると、辛くても頑張れる」と語っていました。

Sponsored link

チリガミ王子・バカボンの由来

さて、何で七條祐樹選手がチリガミ王子と呼ばれているかというと、あの「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹投手と「ゆうき」つながりでそう呼ばれるようになったんだそうです。

社会人時代のチームメイトに「ハンカチよりチリガミの方が似合う」と言われ、定着していったんだとか。ハンカチとチリガミはセットですからねw

拭けば拭くほど汚れていくハンカチと、何度でも新しい紙が出てくるチリガミ。王子かどうかはさて置いて、ハンカチに対してチリガミという表現はなるほど的を得ているような気がします。

もうひとつ、七條祐樹選手には「燕のバカボン」という二つ名もあります。こちらは完全に見た目の話。

戦力外通告を受けた選手のその後

2014年に戦力外通告を受けた選手は104名。その中で、プロとして返り咲いた選手は17名です。おおよそ16%といったところ。

他の進路としてはNPBスタッフ、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)や社会人野球の選手やコーチなど、一般企業に就職した選手もいます。

七條祐樹選手は今回の戦力外通告をどのように受け取っているのでしょう。ケガに悩まされながら、アマで活躍しつつ、苦しい時期を乗り越えてプロの野球選手として、父親として頑張ってきた七條選手。

プロに憧れて少年野球から頑張ってきた七條選手にとっては辛い宣告ではありますが、前を向いて頑張ってもらいたいものですね。

Sponsored link

疑問、質問、反論、感想などございましたらお気軽にどうぞ!

*